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北国大学生の雑記帳

とある地方大学生です

高齢者による交通事故について

社会

最近高齢者による自動車事故がよく報道されますよね。今日もそんなニュースがありました。

www.asahi.com

そう言うニュースを聞くたびに高齢者は免許取り消した方がいいんじゃないかな~なんてことをボンヤリと考えていました。

そのような中今日またそのようなニュースを聞いたので、実際のところはどうなっているのか調べてみたのでここに書きたいと思います。

 

 

 

結論から言うと、交通事故発生件数において、若年者も高齢者も差はありません。むしろ若年者の方が危険です。

警察庁の調査による原付以上運転者の年齢別交通事故発生件数のグラフと表が以下になります。

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https://www.npa.go.jp/toukei/koutuu48/before/hasseijokyo/PDF/H26hasseijokyo.pdf

 

確かに、65歳以上が18.7%で最多を占めています。ですが、それに続く40歳代(18.5%)、30歳代(17.3%)との間にそこまでの大きな差はありません。それに加えて、グラフでは20~29歳の区分が表示されていませんが、その区分の構成率は表を見てわかる通り20.1%と最多です。

 

 

因みにですが、10万人あたりの死亡事故でこそ高齢者がトップですが、交通事故発生率では20~29歳は最多です。さらに言うのであれば、死亡事故でも高齢者5.84、20~29歳5.36とほぼ変わりません。75歳以上の数字がかなり大きいですが、これはあくまで確率であり、75歳以上の運転者は少ないと予想できるのでそこまで死亡事故件数の上昇に貢献してはないのではないかと考えます。

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https://www.npa.go.jp/toukei/koutuu48/before/hasseijokyo/PDF/H26hasseijokyo.pdf

 

これらには現行の高齢者に対する免許更新時の講習や試験などが功を奏していると思います。なので、気をつけるべきは最初に言ったように若年の運転者です。

現状のマスコミの報道の仕方には問題があります。高齢者の事故ばかり報じるのは誤解を招くとなぜ分からないのか。それともこのようなデータを知らずに印象的に報じているだけなのか。

似たようなことが先日もあった。トランプの移民政策に関する米国民の反応に対する報道である。米国民の半数以上がトランプに賛同していたにも関わらず、反対派ばかりがカメラに露出されていた。

これらのように、誤解を招きかねない報道は今すぐ改められるべきである。

 

 

 

 

 

参考までに、内閣府の調査による諸外国の交通事故発生状況を示します。

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参考-2 欧米諸国の交通事故発生状況|平成26年交通安全白書(全文) - 内閣府

 

見てわかる通り、日本の成績は悪くありません。だからと言って対策をしなくていいと言うわけではありませんが、誇ってもいいのかなとは思います。

 

受動喫煙対策が提出されますね

社会

厚労省が今国会で受動喫煙対策の強化に関する法律を提出する見込みらしいですね。

 

www.nikkei.com

 

非常に賛同できます。早く可決して欲しい。。。

 

 

そもそも非喫煙者の前でたばこを吸うのは他者に危害を加えていると言っても全然過言ではないと思います。人に毒を盛るのが違法で、タバコは合法だとする理由はありません。

欧米ではほとんどの屋内施設での喫煙が違法となっていますし、良いところは見習って欲しいです。

https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/tobacco/t-05-002.html

 

 

喫煙者の人権侵害だとする意見も当然あるでしょう。ですが人権は他者に危害を加えない範囲でのみ保護されるべきであり、今回はそうではありません。功利主義的な考え方をしてみます。多くの場合において受動喫煙による健康に対する害悪は喫煙者が人権を制限されることによる精神的苦痛を越えます。なので公共の福祉に反するといえます。一方、喫煙者の害悪の方が大きいという主張をされる喫煙者の方もいらっしゃるでしょう。ですが、そのような喫煙者が行くべきは居酒屋ではなく病院です。

 

問題となるのは利用者のほとんどが喫煙者で占められる店舗(小規模なスナック、パブなど)ですね。今のところ2つの解決案が思いつきます。

一つは、屋内喫煙を認められる権利をお金で買わせること。これは店舗の規模に応じて増減した方がいいと思います。二つ目は、地区ごとに喫煙可能施設の上限を決めるというもの。申請が多ければ抽選などで決めればいいでしょう。二つ目の方が現実的かもしれませんね。

これは、実利の話というよりは人権の話です。ですが、企業の競争力のことについてもバランスを保つためには、例外をほぼ認めないことです。

 

 

まとめると、喫煙は非喫煙者の人権(尊厳)侵害であり、認められるべきではありません。屋外の一部、もしくは自宅とそれに準じる施設に限定すべきです。

「西洋美術史入門」読みました

読書

今回も読書レビューです。3月にヨーロッパ旅行をするので、それを少しでも楽しめたらなという思いで西洋美術のいい入門書を探していました。例のごとくAmazonやらブログやらを当たりまくっていたところよさそうな本を発見しました。それがこれ!「西洋美術史入門

 

Amazon CAPTCHA

 

これはこんな方にお勧めです。

・美術の楽しみ方がわからない

・美術史の外観をサクッと知りたい

・そもそも美術を研究して何がしたいの?

 

 

僕としては最初の「美術の楽しみ方がわからない」に該当していました。そしてその目的はまあまあ達成できたのではと思います。まあまあというのは、この本はほんとに基礎の基礎のアウトラインだけなので、興味を持ったところを自分でさらに調べていくというスタイルが良いと思います。

 

 

備忘録もかねて軽く振り返りたいと思います。

そもそも美術史は何を目的としているのか。著者によるとそれは「人間を知ること」。現在の社会とは違って昔は識字率が異常に低く、一般大衆に何かメッセージを伝えるとなれば絵しかなかったのです。だから美術作品にはそれが書かれた意図があることが多いです。本書の中にある例でいえば「聖セバスティアヌス」の絵。これは聖人の一人で、当時の皇帝に処刑されたのですが、その後復活します。当時のヨーロッパではペストの大流行が起こっており、そのためこの絵には願掛け的な意味合いがあったと筆者は説きます。

また、当時の画家はパトロンに向けた絵画を描いていたので、彼らの趣味嗜好によって絵画も変化していっているようで、そこを見ることによっても当時の世界がみえてくる。なお、パトロンとは絵を買う人や集団のこと。皇帝や教会、富豪など。

でも、すべての絵に何かしらの意図があるわけではないとも思う。美術史という学問が対象としているのはそのような限られた絵画作品だけを対象とする学問なのだろうか。少し疑問が残る。

 

 

次に絵の見方について。本書の中ではいくつかの方法を提示している。イメージやシンボル、アレゴリーアトリビュートなどだ。イメージは矢印何かのような何かを象形文字のようにしたもの。シンボルはイメージに何かしらの意味を加えたもの。ハト(平和)やシャボン玉(はかなさ)などである。アレゴリーはシンボルを組み合わせて全体でさらなる意味付けをするもの。アトリビュートは人物にかかわりのあるものを書き込むことにより書かれている人物は誰なのかを暗示するもの。髭の生えたおっさんに鍵を持たせれば聖ペテロになる。現代風でいえば赤い服を着た女性に黒い電話を持たせれば平野ノラ、みたいなことだろう。ちなみに先ほどの聖セバスティアヌスの例でいえば体に無数に刺さった弓矢がアレゴリーの役割を果たしている。

また、抽象派の絵の見方についても書いている。抽象派の絵が写実的でないのには意味があるのだ。抽象派の絵は画家が見た刹那の風景を描いている。そのため写真のような絵ではむしろそのような刹那の瞬間を伝えられないのだ。

ここに挙げたのはもちろん本書で紹介されている絵の見方のすべてではないが、今まで絵というものを見たまんまで良さをフィーリングで感じるしかないと考えていた私にとっては新たな発見であった。今後も絵の見方については勉強していきたい。

 

 

 

本書で得られたことを簡単にまとめる。いままで絵の見方なんて何もわからず、そもそもそんなものなどないと思っていた私にとっては視野を広げていただいた気分です。絵の成立背景や絵に込められた暗喩、当時の社会情勢など、周辺知識があるだけで絵というのは全然違った見方ができるというのがわかりました。

「サピエンス全史」読みました

読書

凄く久々の更新になってしまった。。。当初は1週間に1回位は更新するっしょ!くらいの気概で臨んでたのに、、笑

まあでもこれからは自分のペースで書きたくなった時に徒然なるままに書いていこうと思います。

 

 

 

さて、今回は最近読んだ本の紹介をしたいと思います。というのも、今回読んだ本が最近読んだ本の中でも間違いなく一番面白いものに入る自分的大ヒット本だったのでぜひ誰かにも紹介したいという次第なのです。

 

 

 

今回紹介したい本はこれ!

「サピエンス全史」

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福 | ユヴァル・ノア・ハラリ, 柴田裕之 |本 | 通販 | Amazon

 

 

 

何の本だと思います?タイトルから推察するに世界史の本かな?みたいに思うかと思います。

確かに世界史のことを軸にしてこの本は展開されていきます。高校の時にこんなんやったなーとか懐かしみながら読みました。

でもこの本の面白いところは単なる世界史の解説書にとどまらないところにあります!というのも、この本は世界史を軸として様々なことを考えさせてくれます。そのカバーする範囲は哲学や経済学、心理学など多岐にわたります。

これからこの本を読んで覚えてること、考えたことを書いていきたいと思います。最初に言っておきますが本に載ってたことの網羅的な解説ではありません。そのようなことが知りたい方は各有名書評ブロガーさん達のブログを参考にしてください!(全部は覚えきれてない、、、)

 

ネタばれあります!

 

 

 

 

この本では既存の世界史の解説書にはない(多分)ユニークな時代の区分をしていて、それをもとにチャプター分けをしている。第1部から順に認知革命、農業革命、人類の統一、

科学革命である。

 

サピエンスが数の上で地球の歴史の中で今までにないくらいに繫栄したのはなぜだと思いますか?言葉を使うのでほかの人と結束する力が他の動物よりもすぐれていたから?これは筆者からすると4割くらい正解です。同じように言語能力を有していたと考えられているネアンデルタール人は絶滅しましたよね?残りの6割は「人類は虚構を信じる能力を持っていたこと」これです!

これだけ読んでもまったく意味が分からないと思います。ホモ・サピエンス(以下サピエンス)は地球の歴史上はじめて宗教などの実在しないものを信じる能力を有していました。

これのなにがそんなにすごいの?となるでしょう。しかし筆者に言わせるとこれこそが大事だったのです。

ここで一旦言葉を持たない動物の話をします。世の中には言語を持たなくても結束して暮らす動物がたくさんいます。ハチやサルなんかは有名ですよね。このような動物は確かに結束することができるのですが、その結束できる個体数には限りがあって、せいぜい150体くらいらしいというのが実験によりわかっているらしいです。おそらくネアンデルタール人もそのくらいまでの結束力は有していたのだと思います。

しかしサピエンスは違います。サピエンスも当初は150体くらいの集団で暮らしていたのでしょう。その際の結束力の源は個人間でなされる噂話だと筆者は説きます。誰が信頼でき誰が信頼できないのかといった情報が交わされます。これだけだとそれ以上の個体数になると個人間の信頼感に揺らぎが生じ集団が維持できません。

ここで認知革命登場です。全員に虚構の何かを強く信じ込ませるのです。当時で言ったら神でしょう。土偶なんかにも表れてますね。これにより全くの見ず知らずの人間同士が神を同じ方向を向いて協力し合います。それによりそれまでよりもはるかに莫大な個体数を持つ集団が現れ始めます。しかも虚構による協力の凄いところは、他にもあります。通常動物が協力の仕方を変えるのは遺伝子の変異がある程度蓄積して個体の形態ないし思考が変わったときのみです。しかし虚構による統治では集団の行動を変えるためには虚構を変えるだけでよいのです。これにより集団は環境に適応するために遺伝子の変化を待つ必要がなくなりました。

 

と、ここまででも無教養な私にとってはそれなりに感動なのですが、筆者はこの部ではさらに驚きを残してくれています。それは、虚構というものの中には神だけではなく民主主義や平等主義などのイデオロギー、法人なんかまで含まれるというのです!普段これらの考え方に染まりきっている私たちには受け入れがたいですが、確かに人間が全員平等だといえる根拠はどこにあるのか。それぞれ微細な遺伝子の違いを有し、頭のよさや能力の振り分けも全然違う。その起源はさかのぼればそれは合衆国憲法になるらしい。つまりキリスト教である。

 

 

こうして農業の発達もあって単位面積当たりで生きていける人間社会では必然的にヒエラルキーが発生します。ここでも虚構です。筆者はその例にハンムラビ法典やインドのカースト制、アメリカの人種制度などをあげる。黒人は白人よりも頭が悪く、衛生状態が悪いという虚構を信じさせ、ヒエラルキーを正当化する。

 

 

こうして人類は統一されていき、帝国主義が生まれてきた。帝国主義は自らの発展のために科学を発達させた。ここで科学が飛躍的に発展したのはなぜヨーロッパだったのか?筆者は「無知の知」によるという。新大陸などの発見などにより自分の知らない世界があると認めだしたヨーロッパ人たちは従来神しか信じてこなかったが観察による自然科学を発展させていく。

 

 

 

さて、ここまで私が感動したポイントを超簡単に解説してきたが、最後にもう一つ筆者は面白いことを書いている。それは技術革新と幸福度が必ずしも比例関係にないということだ。幸福にならないならなぜ科学は発展してきたのか、またこれからも発展しようとするのはなぜなのか。筆者は最後に次の言葉で締めくくる。

 

唯一私たちに試みられるのは、科学が進もうとしている方向に影響を与えることだ。私たちが自分の欲望を操作できるようになる日は近いかもしれないので、ひょっとすると、私たちが直面している真の課題は、「私たちは何になりたいのか?」ではなく、「私たちは何を望みたいのか?」かもしれない。この疑問に思わず頭を抱えない人は、おそらくまだ、それについて十分考えていないのだろう。

 

 

自分の信じていることをもう一回冷静に見つめなおしたり、幸せとはなんなのか、などたくさんのことを考えさせてくれた本書でした。ここでは紹介しきれなかった新しい発見がまだまだたくさん本書にはありますので、気になる方はぜひ読んでみてください!!

 

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福 | ユヴァル・ノア・ハラリ, 柴田裕之 |本 | 通販 | Amazon

日本にもカジノができるということで楽しみ。でも本当に日本にカジノできていいの?

カジノ法案が最近衆議院にて可決された。異例のスピードでの可決だったようで、いろいろと批判があがってるみたいだ。今回はカジノの是非について考えてみる。

 

自分としても海外旅行に行ってやってみたいことの一つにカジノがあるので興味のある話題であり、日本でできるなんていいじゃん!と思う。

さて、個人的な嗜好の話は置いておいても、カジノは社会的にみても悪いものではないのではというように感じた。安倍政権は日銀の低金利政策や異次元の金融緩和政策などで積極的に国民の消費を促進しようとしているが、カジノができればきっと消費は活発になり経済の周りがよくなるのだろう。

 

 

だが、問題も内包していることは否めない。周辺地域の風紀の乱れやカジノ以外での消費の落ち込み賭博依存の増加なんかが上がるんじゃないだろうか。それぞれについて簡単に考えてみる。

 

風紀の乱れに関してであるが、カジノはパチンコなどの既存の賭博場と違って国公認なので政府主導で徹底的に反社会勢力の排除を行えば問題は生じないように思う。

 

個人消費の落ち込みによる失業者の発生について。これは現在よく聞く「近くにイオンができてしまって商店街が潰れてしまった」という話を思い出させる。だが、損をした分、得をする人もいるわけで、全体としてはそれらの額は同額になるはずである。したがってそのような問題は起きないのではないかと予想する。

 

最後に賭博依存の増加について。自己責任だから知らん!と一喝してしまえばそれはそれで正しいのかもしれない。カジノで得た収益の一部でも賭博依存の対策に充てる必要はないという考え方もできるかもしれない。でもあえて考えてみる。

もし賭博依存になりやすい体質というのがあり、それがアトピー性喘息などのようにある一定の人口にランダムに割り振られるものだと仮定する。その場合今回のカジノ建設は喘息患者にとっての工場建設を意味するのではないだろうか。工場建設によって生活を貶めてしまった近隣の喘息患者への手当ては工場の建設者が払うべきだということに異論を唱える人はいないだろう。したがって今回もカジノの建設者たる政府が賭博依存の防止にある程度の予算を充てるのが妥当だろう。

 

 

 

いろいろと書いてきたが、カジノを建てることによって効用は損失を補って余りあると思う。税収も増して社会保障も充実する可能性があるし。

実現したらぜひ遊びに行きたい。

welqについて思ったこと

社会 welq

こんにちは。

記念すべき一回目の投稿です。

このブログは日々思ったいろいろなことをつらつらと並べていく感じにしたいので、今回は今話題のwelqについて。

 welqの問題についてはこちら。

www.yomiuri.co.jp

 

医療情報を扱うキュレーションサイト「welq」にて事実と異なる医療情報を含んだ記事を大量に掲載していた。私自身、調べ物をする際にかなりの確率で上位を占めていたので見覚えのあるサイトであったために聞いた当初は大変驚いた。

 

 

 

この件に関しての問題は3点あると考える。DeNAの倫理観の問題、インターネット利用者の問題、そして各検索エンジン会社の問題である。

 

まず1点目のDeNAの倫理観の問題について。

welqが扱っていたのは医療に関する話題である。これに関しては正確な知識がなければ個人にとって直接的な損失になりうる。それにも関わらずDeNA検索エンジンの仕組みを応用して検索結果の上位を独占していたのは個人の情報アクセスへの妨害と言え、すなわち健康の妨害になり得る。

これは現実の世界に置き換えれば病院の前でDeNAの社員が大挙して患者の病院へのアクセスを妨害するのに等しい。

もちろん各企業がどのようなサイトを立ち上げるのも権利を侵害しない限り自由だと思う。キュレーションサイトを批判するわけではない。だがそのような情報に関しては検索エンジンの上位を独占しないような倫理観が企業には必要だったと考える。

 

次に2点目のインターネット利用者の問題について。

ネットを利用する側にも問題はあると思う。得た情報の真偽を判断する個人の力もネットを使用する上では不可欠だと今回の件で改めて感じた。思考停止して目の前の情報を鵜呑みにする使い方はインターネットという媒体には適さない。

海外へ旅行へ行くとしよう。海外での旅行中に日本にいる感覚で歩きスマホをしていたらひったくりにあった、という話を聞くが、まさに今回も同じようなことだと思う。途上国の事情を理解してから旅行に行くべきであり、インターネットの常識を理解しながらネットを活用すべきなのである。

 

最後に3点目の検索エンジンの問題について。

倫理観の欠如した人間の商売を蔓延らせてしまった検索エンジンにも問題はあると思う。先ほどの旅行の例で例えるならば検索エンジン会社は政府である。政府がひったくり犯を取り締まることも旅行者というインターネットユーザーの身を守るためには必要なのである。

 

 

今回の事件で感じたのことをまとめる。DeNAの倫理観の欠如は大前提として問題にされるべきである。だが個々のユーザーもネットリテラシーを育み、また検索エンジン各社も環境の整備を可能な限り行うべきである。

当ブログについて

こんにちは。

とあるところで医大生をやってます。

日々思ったことのアウトプット用に作ってみました。

まだ方向性は決まってません。これから調整していこうと思います。